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バレー [お仕事]

5月1日からミラノに、母と叔母がきました。
昨日は、ミラノといえばスカラ座だろうということで、バレーの公演にいってきました。
本当は、オペラの公演に行きたかったのですが、残念ながら彼女たちの滞在中のオペラ公演のチケットは完売してしまったので、バレー公演の初日を購入することにしました。
演目は、『マルグエリートとアルマン』、内容はヴェルディの椿姫と全く同じです。
よくみれば、イタリア人のスターダンサーである、ロベルト.ボッレが、出演していました。
(といっても、実は知らなかったのですが…、スカラの研修所出のスターみたいです。)
本当に、すばらしい公演でした。
また、リストの音楽が素晴らしかった!この伴奏は、ピアノコンチェルトだったんですね。初めて聞いて、心から感動しました。
ボッレも、たくさんファンから大喝采を受けていました。
イタリア人は、地元の人に暖かいし、世界に誇れる人ですからね。うん。

一方、同時期に公演しているオペラ『トスカに』は、初日に大ブーイングだったそうです。大丈夫か…スカラ…

勉強になったこと

風邪は、というか喉は、次の日には大分よくなりました。

その次の日、先週の水曜だったかな。確か、イタリアは祝日でした。

指揮者の先生のレッスンを、SPARTITO(楽譜)中心に受けました。

非常に勉強になった。

やはり、イタリアオペラはイタリアの人に教えてもらうことが大事だと再確認できた。

役の人格を、アリアの中で、構築していく作業をしました。

その人格になり、その役が何を言いたいのかを考える。

これは本当に、大事なことだし、なにしろ楽しい作業なのです。

細かくやればれるほど、その役を演じることが、楽しくなるそんな感じがしました。

日本でも、このような作業はしましたが、なかなかうまくいっていなかったなぁっと

今は、感じます。

細かいイタリア語のニュアンスもありますし、とにかく外国人には大変な作業ですが。

でも、その作業が音楽と直結しているということが、本当に勉強になった。

(ということは、音楽を理解できない演出家は動きはつけれないなぁ…)

オペラは本当によくできている、役の性格を音で描写し、それを助けてくれるし、

余計な動きなどしなくても、声だけで十分表現できるように出来ているし、(特にアリアは)

当然、動きが必要な部分もあります。(←補足)

日本は、声が若いからということで、なかなか声の芝居をさせないという考えが、

根強い感じがします。

でも、表現を楽しむことが、声(音)を楽しむということの原点なのかも…

久しぶりに

久しぶりに喉の調子を崩しております。

っというより、鼻風邪をひいてしまい、喉にきてしまいました。

にしても、風邪で歌えない時間と、

一回落ちたものをまた作り直すという作業がまっているということを自覚して過ごすことは

歌を歌う人間にとって、本当に酷な時間です。

(自分の場合、休むと休んだだけ声が退化する感じがします。やはり声帯も筋肉で作用しているからですかね。)

おしゃべりに人にしゃべるなって言ってる感じですね。

体的には、なんともないのですが、前回のレッスンでは、

5秒発声したら声に雑音が混じり、歌えませんでした。

こういうときは本当に精神的に弱くなりがちです。

そいうえば、前回11月に日本に帰る前に声がガラガラするので、

日本に帰ってから病院にいったら小さな結節がみつかりまりした。

それからこの結節が大きくなっていないかなぁっという淡い不安を抱いています。

11月にミラノが寒くなり暖房が入ったとき、たぶん乾燥が原因だと思いますが、

前の日まで、なんともなかったのですが、その日に急に調子わるくなりました。

しかし、本番も近く無理して歌ってしまったので、結節になってしまったのだと思います。

歌わないということが結構、大変に思える今日この頃です。

まぁ、今回は、雑音は一日で取れて、今は回復中です。

明日はレッスンもあるし、徐々にリハビリですね。

パスクア [お仕事]

日曜日は、イタリアは、パスクア(復活祭)だったので、
土曜日、月曜日と祝日で、三連休でした。
でも、土曜はレッスンだったけど…
でも、マエストロからイースターのチョコレートをいただきました。
素敵なマエストロです。

そういえば、土曜日にレッスンのまえに買ったお肉で、
お昼を作っていたら、肉のなかに、
折れた包丁の先端が刺さってました。

こんな感じのものが…
フライパンで焼こうとしたときに、
カチッて、音がしたので、気がつきました。
にしても、オソロシイ。
家の包丁を一応全部調べましたが、
折れてるものは、なかったので、スーパーで混入したものだと、思います。
日本だったら、大変な話しですが…、こっちではどうなんでしょうか?

サン・モリッツ

先月の11日に、去年の『結婚手形』でお世話になったアルチャッレーグリの人たちと
スイスのサン・モリッツまで、日帰りバス旅行にいってきました。
早朝に、ミラノをバスで出発し、
まずは、スイスとの国境ちかくの街ティラーノで、
観光&昼食をとりました。
街のバジリカは、説明つきでみました。

こちらはバジリカの鐘楼。

バジリカ内のオルガン。
この教会は、聖母の伝説が残っていて、
この土地に住む、ある農夫は、ペストに感染した弟を
どうにか助けたいと思っていたとこ、聖母のお告げを聞き、
お告げ通りに、皆を説得し、この地に教会を築きました。
するとペストは、なくなったという話でした。
しかし、教会を作らなくても、マドンナは助けてくれると、
おもうのですが、、、まあ、結果このような、芸術ができたので、いいでしょう。


マドンナと教会の装飾。

そして、昼食後は赤い登山鉄道に乗り、アルプスの山を目指しました。
出発してすぐに、機関車が壊れるアクシデントもありましたが、
「この電車はコンコルディア号です。」
と冗談で乗り越え、出発。

こんな山々を見ながら、標高2000メートルに着くと、

この様に氷の世界でした。ちなみにここは本当は、湖です。
サンモリッツにつくと、こんな看板が、

実はこの鉄道と箱根登山鉄道は、姉妹提携してるそうです。
サンモリッツでは、凍った湖の上を散策しました。

携帯アプリ [お仕事]

携帯のアプリをやっと導入しました。

これで、じゃんじゃん投稿できます。
(多分、サボりまくりますが…)

しかし、今使っているスマホが、イタリアのなので、日本語投稿はめんどいです。

i-phoneは日本語設定できて、いいなぁ。

今日は、これからレッスンです。[手(グー)]

いってきます。

温かくなりました。

ミラノも気が付けば、大分温かくなりました。

最近は、最高気温が10度を超える日も出てきました。

一時期は、寒さのお陰で、家の洗濯機が凍りついてしまって、洗濯が出来ない日が

ありました。

朝起きて洗濯しようとしたら、洗剤を入れるひきだしが開かないので、

無理やり引っ張ると、中がバリバリに凍っていました。

そして、チューブが凍っているせいか、水も出ないし…。

次の日には、水は出るようになったのですが、氷が詰まって排水ですきず、

お湯で空洗して、(イタリアの洗濯機は必ず、お湯洗いモードがあるのです。)

氷を溶かして、強制排水したら、ものすごい騒音とともに氷が流れていきました。

そとにあったものが、完全に凍るなんて経験初めてでした。

しかも、そとといっても小さな倉庫みたいな部屋の中にあるのに…、

でも、もう洗濯機も無事に溶けて、いつも通り活動しています。

イタリアはもう気が付けば、カーニバルの季節でした。

昨日のレッスンの帰りには、ドゥオーモ広場には、カーニバルの色紙が

大量に散っていました。これを掃除するのは大変そうだなと思いつつ家路につきました。

昨年は、ベネツィアのカーニバルで、東京を超える、満員電車に乗れず、

やっと乗れたけど、帰りの電車まで、40分しかない、ゲリラ観光をした思いでが…

昨日のレッスンでは、大分マスケラ(maschera)に声を入れて歌う感覚があった気がします。

マスケラというのは、イタリアのオペラ用語で、頭部の鼻腔部分のことを指します。

(一般の人に使っても、??ってことになります。マスク、所謂仮面という意味です。

皆、カーニバルの仮面を想像してしまいます。)

人によって感覚は違いますが、ここを目指して声を当てる感覚で歌うと、

声に響きがつき、簡単にいうと声量がアップします。

日本人はどうしても、日本語の発音の問題で、声の出てくる位置が

つまり声を響かせる位置が口腔にちかいので、

響きにくいです。これをマスケラに入れると随分響きが変わります。

自分は日本で過ごすとどうしても、声に響かせる位置が口に近くなってしまいます。

それをマスケラにはめれるように訓練しています。

よく外国人、特にイタリア人の歌声がすこし鼻声のように聞こえるのは、

そういった理由だと思います。

ただ、完全な鼻声は、声が奥にいってしまっているので、間違えです。

日本人はマスケラを意識するとそこに陥りやすです。

自分もそのようなことがあるので、特に注意しています。

最近、悪い状態を大げさにやって確認して、その状態にならないよう確認して、

練習しています。


悲しい知らせ。

今朝、悲しい知らせが実家から来ました。

6年くらい前から飼っていた猫のチャジが天国へ旅立ったそうです。

ここ一年以上頑張って、直ったり、また調子悪かったりを繰り返していましたが、

昨日の朝、突然発作を起こし、半日たったころ亡くなったそうです。

チャジは、6年前の自分の誕生日に、当時東京で下宿していたマンションの

下にいました。もう、このころにはチョビがいたのですが、あまりの痩せかたに

一時家に保護して、餌をあげました。

チョビは病気をもらわないために外には出さなかったので、しばらく玄関に

いてもらい、その後、チョビのかかりつけ獣医に連れていきました。

病院では、「お腹の具合が悪ね。」と言われ。

チャジは、先生に「いいお家見つけたね。」っと言われてました。

その時、「まだ飼うとは決めてないんです」っと自分はいいました。

家には、もう一匹いるし、チャジは飼えないなと思い。

もといる場所に返しました。実はチャジは首輪をしていたので、

元々飼いネコでした。

インターネットなどに迷い猫広告もしてたので、きっと自分の家も分かるかもっと

おもっていたのですが、結局家に帰ってきてしまい。「ニャー。」っと一鳴き。

二代目の我が家の猫となったのでした。

といっても、家に来た時にすでに推定10歳前後っというおじいさん猫でした。

晩年は毛の色も落ちてしまいましたが、元は茶色くうっすらと虎模様のあるこでした。

ということで、茶色い、爺さん猫ということで、『チャジ』と名付けました。

チャジは、もう年よりだったので、

飼い始めてから2年くらいで、すぐに血液の検査にひっかりました。

肝臓と腎臓が悪いとのことで、薬を飲む毎日でした。

この薬が、大型犬のドックフード位あって、毎日飲ませるのは大変でした。

吐き出してしまうし、飲むたんびに苦しそうだし、

結局、薬は止めてしまいました。そのころからチャジは闘病していたのです。

そして、3年くらい前から東京と実家のある三島を往復することが多くなったので、

猫たちは三島の実家に引っ越しました。

あまり世話が出来なってしまい、両親にまかせっきりになってしまいました。

その一年位あと、イタリアへ留学することを考え始め、徐々に生活の拠点が実家に移動し、

だんだん猫との生活がだんだん多くなりました。

ですが、その年の年末くらいに急にチャジがくしゃみをしだし、鼻水が止まらなくなってしまい

呼吸が苦しいになってしまいました。そして、心配なので獣医に行くと、

目が片方動かなくなってしまっていて、脳に障害があるかもとのことでした。

チャジは元々、歯が折れていたので、歯髄炎の疑いもあり血液検査をしました。

最初、自分は以前の血液検査で出た、腎臓と肝臓の結果を思いだし、

薬を止めたことを、本当に後悔しました。

でも、結果は不思議なことに歯髄炎でも、肝機能の悪化でもなく、

むしろそれは健康な結果でした。

結局、インターフェロンとステロイドを飲ませ続け、

その効果がかなりたってからやっと現れました。

見えない目は見えるようになりました。

しかし、なぜか見えていた方の目が今度は見えなくなってしまいました。

今考えれば、脳に障害があって瞼が閉じなくなってしまったのだと思います。

その後、イタリアに渡って、しばらくチャジとお別れしなくてはいけなくなりました。

チャジにとって一年は、人間にとって4年です。

でも、猫は家と言います。別れるときも、再開するときあまり変わらず。

猫ってそんなものです。そこがいいところなんですが、

1月3日まで、約2カ月実家にいたので、チャジとは楽しい時間を過ごすことが出来ました。

チャジは本当に人懐こい子でした。誰にも合いそうよくて、本当にかわいい性格で、

誰にでも、すりすりして、膝の上にジャンプして、

チョビは他人がくるとすぐに隠れる子で、全く逆の性格でした。

そんな、チョビもさみしくなってしまったのか、今は人によって来るそうです。

先日帰ったときにチャジは、まだなんとなくは元気で、

今のテーブルの上に直接ジャンプしていました。

その時に家の両親の湯飲みを二つ割ってしまったときにチャジを

怒ってしまったのが、今本当に後悔してます。

この一年、辛かったかもしれないけど、家族のために一生懸命生きてくれて、

本当にありがとう。

母は、チャジを相当可愛がっていて、毎日一緒にソファでうたた寝をしていたので、

相当ショックだと思います。

今まで、二匹を面倒みてくれて、本当にありがとうございます。

イタリアでは、猫は7っの人生(猫生)を持つと言われています。

きっとチャジは、また新たな生涯を歩んでいるのかなぁ。

動物は、最後自分の死を見せないといいますが、

(両親は最後まで、一緒にいて悲しみを抱いていると思います。)

自分にとっては最後、突然家でしてしまったみたいな感じで、

自分はまだなんとなく、チャジが死んだことが実感できません。

だぶん、家に帰ってチャジがいないことになんとなくさみしさを覚え実感するのかなぁ

と思います。

チャジ最後まで、ちゃんと面倒見ないでごめんね。

ありがとう。

チャジが、自分がイタリアにいる間にそっと天国へ行って、

お陰さまで、今日もいつも通り練習できたよ。

お陰で、悲しいことも少しずつ感じられたよ。元気でね。

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おめかしチャジくんです。

マイナス10度の世界??

最近は、一段と寒くなりました。

予報では、最低気温マイナス10度以下だそうです。さすがに家にいても寒い気がします。

昨日の日曜日にミラノ郊外のガッララーテという町のお年寄りの大学で

(老人ホームみたいなもので、勉強したり遊んだりとお年寄りが様々な形で

滞在していました。)

コンサートに出演しました。なんか、久しぶりに満足の行く歌が歌えました。

会場の音響はかなりデットでしたが、よく歌えた気がしました。

4曲ほど歌いました。

ポンキエッリの『放浪息子』のアリア、プッチーニの歌曲

割といつも歌ってる、運命の力のアリア、

そして、『椿姫』のプロヴァンス。

このアリア本当に、難しいです。最愛の息子に歌っているのですから、

当然乱暴には歌えない、かといってソットヴォーチェで歌うのは、難しい。

というジレンマにはまっていました。

しかし、最近少し成長できたかなって気がします。まだまだですが。

早くこのアリアを自分のものにしたいですね。

月野進のプロヴァンスなんて言われる日が来たら嬉しいものです。(笑)

昨日のコンサートでは、司会のおじいさんに

目をつぶって聞くと、日本人だと分からない、イタリア人と同じに聞こえる。

っと褒めすぎなお言葉をいただきました。

でも、この言葉は本当にうれしいですね。大きな幸せをいただきました。

そして、沢山の方から上を目指して頑張りなさいと言って頂きました。

なんか頑張る気が湧いて来ました。

ところで先日、ミラノでは雪が降りました。

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今、考えるとこんだけ降っているからかなりの量だったんですね。

ということで雪だるまを制作しました。

夜中に一人で…
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こんな不細工なものが出来てしまいました。

そして、次の日の昼には…
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壊れちゃいました。

不細工でも愛着があったので、かなしいですね…。

雪。

ミラノは雪が降ってます。さすがに外は寒いです。

明日は外に出たくないです。っていうか何もないので、外には出ないと思いますが、

なんせ明日は最低気温-6度で、一日中0度以上はならない予報です。

先日は、ピアチェンツァにリベンジしてきましたが、ブログをアップするのを

さぼってしまいました、今に始まったことではないのですが…。

日曜日の夕方にファルネーゼ宮殿の美術館だけ見に行ってきました。

人もまばらで、誰もいなかったので、係員の人が常に同行して、説明しながら

付添してくれました。今考えると作品に手を触れたり、写真を撮るのを監視してたのかも…

美術館に三つのセクターがあって、一つ目は中世の絵画を鑑賞できるものでした。

有名なものでは、ボッティチェッリのマドンナの絵がありました。

素晴らしいですね。主なものでは、宮殿の主であるファルネーゼの肖像画が多かったですが、

中にフィリッポⅡの絵もあり、これはまさにドンカルロの世界だなぁと思い鑑賞しました。

最近は、なかなか時代背景をしっかり再現したオペラがないなか、

これらの絵は、この時代のオペラを上演するなら、このような衣装を着なければいけない

ということを明確に示してくれていました。

あとは、世界史をもっと勉強しないとと反省…。

2っ目は、carrozza(馬車の客車)が展示してありました。

数え切れない程の馬車がありました。貴族が乗るようなものが多くありましたが、

中には、馬を操る人の練習用馬車や馬に馬車を装着するための練習用の木の馬が

ありました。番外で貴族の子どもが遊びに使ったヤギにひかせた馬車や

(馬がひかないから馬車じゃないけど…)

乳母車もありました。

3っ目は実に興味深い、動物の肝臓を模ったものがありました。

この肝臓は、エルトリアの肝臓というわれ、古代のピアチェンツァの人は

この肝臓で未来を占っていたそうです。1877年に発見されまだ、色々なことが

解読されていないそうです。

ということで、行ってきたので、係の人に怒られるので写真を撮れませんでした。

残念、移動中に話したのですが、この街も大戦時に爆弾で破壊されてしまったそうです。

現在の宮殿も再建像したものだそうです。すべてが破壊されたわけではないですが、

戦争でこの様な偉大な建造物が壊れてしまうのは本当にもったいないですね…。

とにかく2枚写真をご紹介します。
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教会のフレスコ
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こちらはローマ広場の狼と狼から乳をもらう二人の子ども像です。

子どもの名前はロモロとレモです。

二人は狼に育てられ、ローマを作り、王になったという古代の伝記があります。
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